時代背景

いつまた、君と ~何日君再来~
いつまた、君と ~何日君再来~

昭和15年(1940年)〜

夕陽の差し込む喫茶店。初めてデートをする朋子(尾野真千子)と吾郎(向井理)。3年間の文通の末ようやく出会えた二人だったが、中国で軍務に就いていた吾郎は除隊後も和平のため南京へ戻るという。絵の得意な吾郎が描いた南京の風景と、楽しそうに話すその笑顔に見惚れた朋子はその場で結婚を決意。店には『何日君再来』のレコードが流れている—。

いつまた、君と ~何日君再来~

現代

一人暮らしの祖母・朋子(野際陽子)の家を、大学生の孫・理(成田偉心)が訪ねていくと、朋子は台所に倒れていた。脳梗塞だったが一命は取り留めた。朋子を見舞う理の伯父の昇(大石吾朗)、暸(田中隆三)。二人は母・朋子を心配し、一人娘である理の母・真美(岸本加世子)に同居を提案するが、なぜだか真美は頑なに拒む。
後日、朋子の家を片付けていた理は祖母がパソコンを始めていたことに気付いた。モニターを見ると、そこには何やら打ちかけの原稿が。それは朋子の思い出を綴った手記だった—。

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昭和17年(1942年)〜 南京・上海/愛媛

日米開戦の翌年の夏。南京で暮らす朋子と吾郎に長男・昇が誕生する。だが、仕事がうまくいかず、先輩・高杉(駿河太郎)のつてで上海へ。そこで次男・暸が生まれ、家族4人で暮らす中、日本は敗戦する。
戦後、家族は上海からの引き揚げ船で帰国し、愛媛で田畑を用意し待っているという朋子の実家に身を寄せるが、無一文で帰国した娘婿に父・忠(イッセー尾形)は辛く当たった。その昔、吾郎の祖父の家は村一番の金持ちだったが、今は何も持たない吾郎を、忠はなじり続けてしまう。苦悩する吾郎を案じ、朋子は実家を出ようと決める。

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昭和22年(1947年)〜 茨城・恋瀬村

子どもたちを連れて、愛媛の実家を出た朋子と吾郎は、中古トラックを買い運送業を始めることにし、一家は茨城県へと向かう。ところが田舎道を走り続けたトラックは村へ辿りついた途端に動かなくなり、運送屋は即廃業。車は二束三文で買われてしまうことに。

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昭和23年(1948年)〜 福島・棚倉

次に見つけた仕事は、福島県・棚倉のタイル販売会社。吾郎は人柄を見込まれ経営管理を任されていたが、仕入れに出かけた東京で車に跳ねられ、骨盤を砕く大けがを負ってしまう。しばらく入院した後、棚倉へ戻ると、経理の社員が金を持ち逃げし、会社は既になくなっていた。度重なる不運で落ち込む吾郎だが、朋子は「うち、父ちゃんといると楽しいよ」と明るく寄り添う。
ある日、高杉から大量の寒天が届き、吾郎は即席のところてん屋を始める。 夏はかき氷、秋はおでんを売り、ささやかながらも暮らしが落ち着いてきた昭和24年、朋子は3人目の子を授かり、 いつまた、君と ~何日君再来~ 生まれた長女は真美と名づけられた。この年、昇は小学校へ上がり、一家は束の間の幸せを感じていた。

いつまた、君と ~何日君再来~
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しかし、またも商売が傾き出し、吾郎はタイルの訪問販売を始めるがそれも思うようにいかない。そんな折、家に帰る道すがら、昇がガキ大将にやりこめられているのを目にする。昇が意気地なしなのは自分のせいだと責める吾郎は、やり切れず家を飛び出す。それまで気丈に振舞ってきたが、吾郎の本当の悔しい思いに気づかなかった朋子は泣きながら吾郎を探しに行った。野原で佇む吾郎を見つけた朋子は、
「一緒にいたい…。父ちゃんの側にいたいよ」
と、吾郎の隣で泣きすがりながら、そうつぶやくのだった。

昭和27年(1952年)~ 大阪

いつまた、君と ~何日君再来~

先輩の高杉を頼り、一家は大阪へと引っ越す。45歳という年齢では定職が見つからず、吾郎は様々な仕事に就くが会社がつぶれたりと不運は重なりつつも、家族5人、貧しくもささやかに暮らしていた。やがて吾郎は高杉の後押しで製油所の工員になり、新しくできる岸和田の油槽所も任されることが決まる。しかし、喜びもつかの間、巨大な台風が大阪を襲い、建設中の油槽所をなぎ倒し、再び吾郎から仕事を奪っていったのだった。
ある日、吾郎は茶の間でスケッチブックを開く。朋子と二人、子どもたちが巣立ったら世界中を旅して回ろうと話しながら、何かをひたすら描いているようだった。
「幸せだったよ、お前と結婚して」
そう言った後、立ち上がった吾郎は、「近頃ひどく痛むんだ」と言って、足を引きずっていた。後日、吾郎は病院で腰に腫瘍があると診断され、入院することに…。

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昭和29年(1954年)〜 大阪

吾郎は47歳の誕生日に亡くなった。
高杉が焼香に訪れたある日、朋子の元へ病院から手紙が届く。封筒の中には、朋子と子どもたちへの、吾郎の最後の思いが書かれていた。朋子は意を決し、仕事の面倒を見てくれるよう、高杉に頭を下げる。そして、朋子はある大きな覚悟を決めて、娘・真美とともに実家の愛媛へ向かうのだった—。

いつまた、君と ~何日君再来~

現代

理の母・真美が、自身の母・朋子の手記が書かれたノートをめくっている。読んでいくうちに、母から可愛いノートをもらったことを思い出した。そのノートの表紙には父・吾郎の描いた絵が……。真美はぱたりと手記を閉じた。手記の1ページ目には、『何日君再来』と書かれていた—。